いよいよ「出汁茶漬け」をお披露目!11月3日国民文化祭にて「鹿児島出汁文化めぐり」を開催いたします。テスト 投稿日:2015年10月7日 作成者: dashipro 鹿児島の暑い夏も終わり、最近の朝晩の冷えこみはすっかり秋です。これからの季節、温かい出汁が美味しくいただけますね。 今年1月より取り組んでおりました出汁プロジェクト×鹿児島女子短大のコラボレシピ「出汁茶漬け」をいよいよお披露目できる運びとなりました。 鹿児島の女子大生が、試行錯誤を重ね、テストマーケティングも実施し、改良を続けたレシピです。授業や試験と毎日忙しい中、時間を見つけて一生懸命試作を重ねてくれました。 黒豚や焼酎で有名な鹿児島ですが、実はどこよりも出汁素材の豊富な土地柄。鰹節、あご、鶏、豚、干しエビ。出汁素材ははどちらかというと、縁の下の力持ち。控えめで脚光を浴びることの少ない食材ですが、この「出汁茶漬け」が一つのきっかけとなって、鹿児島の出汁を多くの方に知っていただければと思っております。 「出汁茶漬け」を鹿児島の新名物に!皆様どうぞよろしくお願いいたします。 【当日スケジュール】 ※入場無料イベント 11:00-13:00 出汁茶漬け試食(限定100食) -えびと鶏出汁のタカエビ丸ごとホワイト茶漬け ‐本枯れ出汁の焼きおにぎり茶漬け ‐あご出汁の角煮かぶら茶漬け ※試食は事前申し込みが必要になります。 13:00-15:00 1、鹿児島女子短期大学 学生によるプレゼン ※試食・プレゼン後に投票していただきます。 2、パネルディスカッション(定員150名) 司会進行:中原晋司氏(出汁プロ副会長) パネラー:鵜飼真妃氏(だしソムリエ協会代表) 千葉しのぶ氏(鹿児島女子短期大学講師) 梛木春幸氏(料理家) 3、審査結果発表 【申し込み方法】 出汁の王国・鹿児島プロジェクト事務局(info@dashi-project.jp)までお名前、所属団体、役職、電話番号、E-mailを明記の上、 ・試食&パネルディスカッション(11:00-) ・パネルディスカッション(13:00-) どちらのご参加を希望するかお伝えください。 ※試食のみの参加はできません。 ※試食は限定100食のため、応募多数の場合抽選になることもありますので、予めご了承ください。 【問合せ先】 出汁の王国・鹿児島プロジェクト推進協議会事務局 TEL:099-239-0253 E-mail:info@dashi-project.jp
『だしソムリエ協会の活動を通じて食文化を豊かにしたい』(鵜飼真妃 代表)テスト 投稿日:2015年9月24日 作成者: dashipro だしソムリエ協会 代表 鵜飼真妃 2013年、「和食:日本人の伝統的な食文化」が、ユネスコ無形文化遺産に登録され、日本人の間でも和食やだしに対する関心が高まりつつある。そんな中で、「だしソムリエ協会」という「だし」のプロフェッショナル集団がいることを知った。東京都新宿区に事務所を置き、「だしソムリエ」資格の認定講座を全国各地で開講しているという。今回は「だしソムリエ協会」鵜飼代表に、協会発足の経緯や活動内容についてお話をうかがった。 乾物屋を営む実家から「通信販売をしたい」と言われたのがきっかけ。 「だしソムリエ」というコピーで、だしのストーリーをより多くの消費者に届けたかった。 ーだしソムリエ協会がスタートしたのは2010年ということですが。 鵜飼:かつお節を中心とした乾物卸を営む実家から「卸だけでなく通信販売をしたい。売り方を考えて欲しい。」という相談を受けました。それが2008年の暮れのことです。私は元々出版社に勤めておりまして、乾物とは全く関係のない仕事をしていました。卸をやってきた会社がいきなりインターネットで通信販売を始めても誰も見に来ません。乾物やだしに興味を持ってもらうためには、分かりやすいコピーが必要です。そうした経緯から「だしソムリエのブログ」を立ち上げました。 だしは素材や取り方によって、色味や香りに些細な違いが生まれます。だしの黄色と一言で言っても、色々な黄色味があります。赤味があるとか、油の多さによって濁りが強いとか。それがワイン(特に白ワイン)に似ているな、と思い「だしソムリエ」を名乗り始めました。ブログを始めて1ヶ月もしないうちに「だしソムリエって何ですか?」という問い合わせをもらいました。それがたまたま通販会社の担当の方だったのです。そうやって通信販売が始まり、まもなくテレビ通販でも紹介されるようになりました。だしの情報を発信していくうちに、回りに全く(だしについての)情報がないという声もあったため、だしソムリエを育成していくことになりました。これがだしソムリエ協会の始まりです。 通販が全盛期だった頃、同時に「だしソムリエ」の検定講座を作ろうと思いました。だしソムリエ協会では「だしとは天然の素材から抽出したもの」という風に定義をしているんです。味付けをされたらそれはだしではない、と言っておりまして。だし=うま味ではないです。うま味は全ての食材に含まれるもの。野菜とか、鮮魚とか、鶏肉とかにも全部うま味は含まれる。だしには「独立して取れるだし」と「自然に取れるだし」の2種類があって、皆さんが主にだしだと思っているものって「独立して取るだし」の方だと思うんですよね。でも本当は「自然に取れるだし」というのも凄く大切で、鍋や煮込みをした時にも、天然素材からだしが取れる。だから、だしは普通に皆さんが接しているものですよ。 ー検定講座をスタートしたのは何年からでしょうか。 鵜飼:2011年の6月からです。今でこそだしが少しずつ注目されてきていますが、そのころはまだまだだった。ラッキーだったのは、2011年前後というのは丁度各大手のメーカーさんがだしのイベントやプロモーションに力を入れ始めたのと偶然にもタイミングが同じだったことです。私たちだしソムリエ協会も同時に取材されることがありました。だしソムリエのブログを開設した2008年の暮れには、そんな気配すら感じられませんでしたから、市場的にも大きな一歩だったと思います。 乾物の業界の方はもちろんよくご存知なのですが、だしの素材と一言でいってももの凄く色々なことがあります。関東は「枯れ節」だけれど、名古屋や関西は「枯れ節」ではない、とか。鰹節だけでも、「血合いが有る」or「無し」だとか、「厚削り」と「中厚削り」、「薄削り」の違い、とか。業界の人々は、こんなことを一般家庭の方は分からないと思っている方が多い。でも、こういう基本的なことを知りたがっている人は沢山いるはずだ、と思いました。 ー元々鵜飼さんご自身は別のことをされていたわけですよね。そこから「だしソムリエ」という突破口をみつけられたという点を非常に興味深くうかがっていました。 鵜飼:元々出版業界ですので、雑誌の企画を出すような感覚なのです。雑誌で「だしソムリエ」という特集しましょうよ、という感覚。きっと興味持つ人いるよ、みたいな。そんな形でまずはブログを立ち上げました。最初は食に従事する者というよりは編集者的な視点でした。 ーだしソムリエ検定講座のテキストに掲載されているような「だしのストーリー」は、どのようにできていったのでしょうか。 鵜飼:もちろん、試行錯誤しながら後から付け足していったものもありますね。自分が料理をしながら、これはストーリーとして入れたいな、とか。どうしても乾物のボリュームが多くなってしまっているのは、私の実家が乾物屋だったので。本当は半分生鮮で半分乾物にしたいくらいです。 ー元々だしについての知識はお持ちだったのでしょうか。 鵜飼:人に聞いたり、本を読んだり、本に書いてあることを自分でやってみたりしながらブログの記事を書くことで知識が増えていきました。もちろん実家のスタッフに連れて行ってもらい製造者の方に話を聞くこともできました。(鹿児島の)枕崎にも何回か行きましたし、山川にも行きました。だしに関する本を出版するのはなかなかハードルが高いです。私にも出版の問い合わせが来ることがありますが、版元からしたら未だに「だし本は売れない」という擦り込みがあるため、「だしの本出しましょう」という提案が通らないのです。版元がなかなかOKを出してくれない。だから本は一冊も出しておりません。これだけメディアでとりあげられているのに本はまだなの?とよく言われます。 ーご実家の乾物屋さんは、名古屋でしたね? 鵜飼:はい。今も同じように味噌煮込みとかきしめんのお店に卸すだし素材を提供しています。さば節や宗田節など、鰹節よりも違うものの方が多かったため、余計面白い環境だったというのはありますね。鰹節以外のものがいっぱいあって、削り方も違うんですよね。厚さとか、蒸して削ったりとか薄く削ったりとか、というのが何種類もあり、そのブレンドもお客さんに応じて変える。これ、面白いな、と思っていました。一般の家庭ではなかなか使わないものかもしれないけれど。 全国に広がる「だしソムリエ」のネットワーク。 ーだしソムリエさんたちが集まる会合のようなものをされているのでしょうか。 鵜飼:だしソムリエ検定講座を受けて講師を目指そうとする人たちの全国的なネットワークができていて、北は北海道から南は沖縄までいらっしゃいます。この間は福岡で開講しましたし、青森でお蕎麦屋さんをされている女性の方は、3級講座を青森で定期開催してくれています。福岡もそうですね。大阪は東京と同様に需要があるため大阪でも行っています。名古屋でもたまに行っています。 ー講座を受講してから試験という流れなのでしょうか。 鵜飼:試験と言ってもだしソムリエ協会が最終的に目標とすることはだしの細かいことを知ることでは無く、知った上で「料理に役立てたり商品開発に役立てたりしてもらうこと」です。学者になるわけではないので、だしと料理のセンスを養ってもらいたいのです。1番大切なのは、調味料とだしは違うということであり、料理や商品開発にどう活かせるか、ということです。級は1級までありますが、問題を難しくするというよりは、知識を役立てるセンスを身につけてもらうための工夫をしています。ただの暗記テストでは無く、レシピ案を作ってもらうなど。 ーこれまで大体何名くらいが受講されているのでしょうか。 鵜飼:丁度1200人を超えたくらいですね。あとは現場見学ツアーも毎年やっていまして、今年は北海道の真昆布ツアーを実施しました。鰹節のツアーも開催しています。毎年夏は、昆布か瀬戸内のいりこツアー。主に講師の方が中心ではありますが、そこで全国のだしソムリエさんが集まってきます。皆さんそこで仲良くなって、情報交換したり励まし合ったりして頑張っています。 ー講座を受けて試験、というのは1日でやられるのでしょうか。 鵜飼:3級は半日です。1級と2級は土日丸2日間です。1級になるとプロの料理人が来ます。2級はメーカーさん中心です。 ー試験に落ちてしまう方はいるのでしょうか。 鵜飼:3級は99%受かるのですが、2級は3割くらい落ちます。1級は合格率3割くらいです。落とす試験ではないのですが、落ちる人もいます。センスの部分と、テイスティング、ブレンドをして感想を書く、レシピを考えるという試験があるため、それが真面目にできていないと、筆記が良くても落ちてしまいます。 ーテイスティングは分かるものなのでしょうか。 鵜飼:半分くらいの方は間違えます。味覚を鍛えるという目的もあるんです。味付けをしない状態で繊細な味の違いを知って、後で味付けをしてどう味が変わるかをみます。受講者には色々な方が来ます。プロの料理人の方も1割くらいいますし、食の資格を取っている方、料理教室をやられている方、地域で栄養士やっている方、もちろん食とは全く関係ない職業の方も。 ーだしソムリエ認定講座は、女性に人気がありそうな印象ですが。 鵜飼:最近女性が多いです。7〜8割が女性ですね。年代も広いです。小学生から70代まで。最高齢は76歳の現役沖縄料理人のおばあちゃまが来てくださいました。 ー日本料理のプロの方はいらっしゃいますか。 鵜飼:日本料理のプロの方もいらっしゃいます。福岡で開講したシェフの方は西洋料理のシェフの方でした。西洋だしと日本の乾物だしを併せて使ってきたということで熱心に来てくれています。ほか、青森や長野のお蕎麦屋さん、宮崎は乾しいたけのメーカーさん、あとは厨房機器のお店をやられている方、通信販売を中心に乾物の商品を販売されている方、北海道の鰹節屋さんも認定講師トレーニングに参加していただいています。「だしソムリエ協会」がスタートした当初は、「だしソムリエ」という言葉にピンと来る方に向けて始めました。結果的に、首都圏と同じかそれ以上に地方の人が凄く熱心ですね。 だしソムリエ認定講座を通して海外の食文化の良さも取り入れつつ「和食」を学んで欲しい。 ー和食が世界遺産に認定されてから、テレビでもだしが取り上げられることが増えたと思います。海外からの問い合わせはありますか。 鵜飼:展示会で知り合ったニューヨークの厨房卸の方から、ニューヨークでもだしソムリエ認定講座を開催したいと言われたことがありました。その方は、現地で日本酒ソムリエをされている方でした。すぐにできるものではないですので、海外の方も一度認定講座を受けていただきたいですね。 ーヨーロッパでは動物性のものは全て禁止ですので、植物由来の昆布だしが広く流通しているようですね。 鵜飼:だしソムリエ協会が今後目指すところとしては、「和食に合うだし」だとか「西洋料理に合うだし」といったように境目をつけてしまうよりは、それぞれの良い要素をどんどん取り入れていけば良いと考えているのです。乾物が無くても、西洋の野菜だしを使って日本料理はできますし。ただしそのような中でも、だしソムリエ協会が定義している「和食」というものがあります。だしソムリエ検定1級で教えるのですが。「日本料理」と「和食」は違って、「日本料理」は懐石料理(プロの料理)で、「和食」というのは日本の一般家庭の料理も全て含むものです。「和食」には、蕎麦、うどん、ラーメンも入るし、家庭料理も入る。そのようにだしソムリエ協会では提案しています。 だしソムリエ協会が考える「和食」の定義は、私がニューヨークに行った時に「こうだな」と感じたことがベースとなっています。「海外に行った時に、何を食べたいと思うか」、これが「和食」の要素だと思ったのですよね。私が海外に行った時に欲しいと思ったものが、「米」であり「味噌」「醤油」の香りであり「乾物による日本古来のだしの香り」でした。今の食文化で、懐石料理に出てくるような完璧な「和食」を求めるのは難しいし、それだけを「和食」としてしまうのは凄く狭くなってしまうように思いました。 そこで考えたのがこちら(図)です。 和食度1というのは油を多用せずに懐石料理や精進料理の要素が詰まっているもの。1汁3菜や1汁1菜のようにバランスが取れているものです。それが1番和食度が高い。その次に和食度2、3と続きます。分かりやすく言うと、和洋折衷の料理は和食度3です。和風パスタとか。和風パスタは醤油を使ってるけれどパスタ。だから和食度3なのです。和食度2は、1ほど完璧な組み合わせではないけれど単品のものを指します。例えば味噌汁や煮物のような単品です。それらを和食度2と言っています。和食度2が完璧に組み合わされると和食度1になります。ご飯、味噌汁、煮物があるような食事ですね。だから、今の食卓は和食度2と3が組み合わさっているものが多いと思います。(和食度ピラミッドの)どれかの要素が入っていれば「和食」だと考えています。 「和食」は離れてみて良さに気づきます。海外の食についても勉強して知っておくと、より「和食」というものが分かってくる。だから、だしソムリエ認定講座を通して海外の食文化の良さも取り入れつつ「和食」を学べるようにしたい。 ー「鰹だし」というものは、海外にもあるのでしょうか。 鵜飼:ドライボニートという言葉はありますが、鰹だしは独特なので海外ではなかなか鰹だしを引き立たせるのは難しいようですね。ただし、ラーメンは受け容れられています。ラーメンも和食度3の「和食」ですが、そういう風に外国人に受け容れられやすい形で「和食」が広まっていけば良いのではないでしょうか。外国人の解釈は違うのかもしれませんが、それもまた和食度3の「和食」なのです。味噌汁も海外で受け容れられています。味噌の存在感が強いため、鰹だしのみの料理ではありませんが。そういう意味では、なかなか海外の方が鰹だしに馴染むのは難しい、というのは聞いていますね。そのため、「鰹節を何が何でも海外に!」というのは考えていないのです。「和食」が海外に渡る過程で、形は変わるものだと思います。アメリカに渡ったお寿司がカリフォルニアロールに変わったように。そんなに簡単なものではないとは思いつつ、鰹節屋さんも海外市場を視野に入れる際は柔軟に考えて欲しいですね。鰹節メーカーさんでも全く新しい部署を作るとか、そういう風にするのが良いと思います。 ー豚や鶏の生産量が全国でも上位の鹿児島は、鶏だしや豚骨、トビウオのあごだし、など鰹節以外にも様々なだしがあります。 鵜飼:鰹節屋さんが昆布や椎茸を一緒に卸しているように、柔軟に組み合わせて欲しいですね。例えば、乾物は日本の文化ですよね。私は、西洋のだしをすべて乾物にできないか、ということを最近よく考えています。野菜ブイヨンやフュメドポワソン(白身魚のだし)のパウダーがあれば、スープにもチャーハンにも煮込みのスパイスにも使えます。「だしは手間をかけて取るべき」なんて言うつもりはありません。「早く使えて、素材は本格派」のパウダーをプロデュースしていきたいと考えています。ただし、鰹節はパウダーよりも削りの方が良いです。パウダーは鍋の底に溜まって対流しませんよね。だから、鰹節は対流する削り節の方が良い。鰹節でだしを取るのは、パウダーを溶かすのと同じくらい時間も手間もかかりません。 ー色々な料理人の方とコラボされていると思いますが、日本のだしと海外のだしをミックスしたような事例はありますか。 鵜飼:アルマーニリストランテのシェフに野菜のだし(ブロード)のイベントをやっていただいたことがありました。イタリア料理の場合は、何でも野菜をベースに使っていたりするのです。パスタやリゾットの隠し味にしたり。日本の料理では野菜だしという考え方はあまり一般的ではありませんが、実際は野菜を使わない料理はあまりないから応用できると思うし、濃厚な野菜だしを和食に使ったり、肉じゃがを作るのに野菜だしを加えても良いかもしれません。海外とのコラボのようなことも今後はやっていきたいですね。だしソムリエ協会としては、色んな国の料理の良さを知った上で自分の料理や商品開発に活かすことを大切にしていきたいです。 ー最後に、今後の抱負を聞かせていただけますか。 鵜飼:「だし×料理」という講座を充実させていきたいと思っています。毎回”だし”が題材になっている料理講座です。海外とのコラボでは、「融合」をテーマにしていきたい。日本の良いところと海外の良いところを知っていって、食文化を豊かにすることが目標です。乾物という昔からあるモノに対して、「だしソムリエ」という切り口で”モノの見方”の提案をしてきたつもりです。今後も何かを売りたい方、悩んでいる業界の方へモノの見方の提案をしていきたいと考えています。 ー本日はありがとうございました。 鵜飼:ありがとうございました。 インタビュー:2015年3月16日 だしソムリエ3級講座が鹿児島でも開催されます! だしソムリエ3級講座とは? 日時;11月4日(水)13:30~17:30 13:15受付開始 場所;鹿児島市船津町1-11-3F Brains Studio http://brainsstudio.com/access 定員;20名 主催;だしソムリエ協会 共催;出汁の王国・鹿児島プロジェクト推進協議会※【満員御礼】当講座は、満員となりました。ありがとうございます。 だしソムリエ養成講座は、正しい「だし」の知識を持つことで毎日のお料理をより豊かでHappyなものにしていただき、また、食の仕事の幅を広げるきっかけのお手伝いをさせていただくことを目的とした検定です。 ●対象とする方● ・食と料理に対する探究心がある、一般の主婦・会社員・学生の方。 ・すでにフードコーディネーター・料理家・管理栄養士など食の業界で仕事をされていて、プロとして仕事の幅を広げていきたいと意欲をもたれる方。 ・メーカー、卸業、流通業、製造業などに関わり、専門知識を深めたい方。 ◆目標◆ ①日本の乾物「だし」について、テイスティング、ブレンドを通して実際に味と相乗効果について体験する。 ②上記について、製造方法や栄養、保存方法など基本的なことを学ぶ。 ②「だし」を料理に活用する場合はどのように利用したいか、自分なりの意見を持つ。 だしソムリエ3級は半日でとれる講座です。 「だし」のことが全く分からない方でも楽しんで学んでいただけることを目標とします。 日本古来から伝わる「だし」(かつお節、昆布、煮干し)について学び、正しい「だし」のとり方をマスターします。ただ講義を聞くだけでなく、自分たちで見て触って感じて…という五感を大切にした体験型の授業です。講義終了後に試験を行い、合格者にはその後郵送で証書を送ります。 <主な内容> (1)「だし」ってなあに?うまみのトライアングル (2)「だし」の5種+1種ブラインドテイスティング、生理学的味覚の分類 (3)4種の「だし素材」の製造法、栄養、うまみの秘密 (4)「だし」と調味料、料理のマリアージュのポイント、簡単レシピの紹介 (5)「だし」のとり方のポイントと実演 ①一番だし ②二番だし ③煮干しだし ④鶏肉だし (6)筆記とテイスティングの試験(試験はテキストを見ながらとなります。 テイスティングは感想を書いてもらうもの、どのだしなのか判断するものがあります。 ◎受講料◎ 15,800円 ☆ 「検定」には、テキスト代、試験代を含みます。 ☆賞状発行希望の方は、別途5,000円かかります(不合格だった場合は返金)。 お申し込みはこちら http://dashi.be/proposal/ 詳細はこちら http://dashi.be/lecture/#class4 ※【満員御礼】当講座は、満員となりました。ありがとうございます。 ライター後記: 先日、仕事の関係でモンゴル国に行く機会があった。モンゴル国の食事は羊肉や牛肉が中心で、油を多用する料理がほとんどだ。料理自体は口に合うものではあったが、帰国直後に成田空港のフードコートで注文した「カツ丼と蕎麦のセット」がどれだけ有り難かったか!和食は離れてみて良さに気づく。鵜飼さんの言葉の通りだ。 インタビュアー 井上秀幸 ライター 坂西義光
鹿児島の出汁の多彩な魅力を知る!出汁マップを鹿児島各所に設置しております。テスト 投稿日:2015年9月18日 作成者: dashipro 「出汁の王国・鹿児島プロジェクト」では、今年2015年秋に鹿児島で開催される国民文化祭に向けて、鹿児島の出汁の魅力をPRする出汁マップを作成いたしました。県外からいらした多くの方にも、もっと鹿児島のことを知っていただけたらと考えております。 焼酎、黒豚だけでない、鹿児島の出汁の多彩な魅力。かつお節、鶏、黒豚、あご、焼きエビと出汁の素材が豊かな土地柄は鹿児島の大きな強みではないでしょうか?最近では家庭で出汁を取る方も減ってきているようですが、やっぱり丁寧に取った出汁の味は格別です。 そんな鹿児島の出汁グルメの情報を一目で見てわかるようマップにしました。「出汁男の出汁考」「鹿児島県内の伝統的出汁料理」などのコラムも掲載。出汁づくしな一冊です。 出汁マップは様々な方のご協力を得て、下記店舗に設置しております。ぜひお手に取ってみてください。また設置したいという方は事務局横田(099-239-0253)まで 【出汁マップ設置場所】 ・奄美の里 ・シルクイン鹿児島 ・薩摩 旬彩ダイニング 悠庵 ・お茶の美老園(アミュプラザ店・山形屋店・美老園本店・エアポート山形屋店) ・揚立屋店舗(天文館・金生本店・七つ島店・国分店・JR店) ・島田屋本店、中央駅店(みやげ横丁) ・Kurozu Farmくろず ・坂元のくろず「壺畑情報館」 ・アミュプラザ地下1階 味なとり一番館 ・おれんじ鉄道阿久根駅・城山観光ホテル・ホテルゲートイン 鹿児島 ・株式会社無垢 ・イルカゲストハウス・ぱーま屋ボブ・美容室FIX・知覧観光案内所・十曽子どもの森「わらの家」・指宿駅構内 ※現在配布がほぼ終了いたしました。ご興味あるかたは事務局(099-239-0253)までお問い合わせくださいませ。
女子大生とコラボで「出汁茶漬け」を開発!続報テスト 投稿日:2015年9月15日 作成者: dashipro 前回もお知らせしたように「出汁の王国・鹿児島プロジェクト」は、2014年12月より鹿児島女子短期大学と共同で「出汁茶漬け」のレシピ開発をスタートさせました。生み出されたレシピは、2015年11月3日に鹿児島で開催される国民文化祭の一環として城山観光ホテルお披露目の予定です。 1月の開発アドバイス会を経て、3月10日に第1回目の試食会で専門家の指導を受けてブラッシュアップに取り組み、7月11日に第2回目の試食会が開催されました。 3月の試食会では、九州で初めて調味料マイスターを取得され「しいたけ出汁」について詳しい生活工房とうがらし代表の神谷禎恵さんからのミニセミナーもありました。 今回は開発に取り組んだ6チームと出来上がったレシピをご紹介して参りましょう。 チームやまざき チームやまざきの4名は頑張って2種類のレシピを開発しました。 昆布とかつお出しの鰹てんこ盛り茶漬け 鶏出しのタカエビ丸ごと!ホワイト茶漬け チームすみれ 鶏ガラ出しのナポリ茶漬け チームプロタマ マグロ出しの鹿児島味めぐり茶漬け チームすみちゃん アゴ出しの角煮かぶら茶漬け チーム KAIMOTO 焼きえび出しのイタリアン茶漬け チーム 純浦 昆布とかつお出しのうんまか☆角煮にぎり茶漬け
『九州の鶏文化が生んだ種鶏にこだわった商品で勝負。』テスト 投稿日:2015年8月17日 作成者: dashipro 南薩食鳥株式会社 商品開発課課長 日高伯昌 インタビュー:2015年3月18日 鹿児島茶の産地として有名な鹿児島県南部の知覧町。のどかな茶畑の風景をくぐり抜けて進んだ先に、堂々と広がる食品企業らしい清潔な佇まいの本社を訪ねた。種鶏シェア国内トップの南薩食鳥。非常に厳しいハラル認証(※)を取得している企業でもある。こだわりの原料と設備から提供されてきた鶏製品とその歴史、出汁関連商品の取り組みについてもお話しを伺った。 本社外観 九州において圧倒的なシェアを誇る鶏肉製造販売のリーディングカンパニー ーこんにちは。本日はよろしくお願いします。早速ですが、御社について社歴など教えて下さい。 南薩食鳥・エヌチキンと二社がありまして、私が所属しているのは南薩食鳥で販売会社です。そして、鶏の処理・加工をしているのがエヌチキンという会社です。エヌチキンで製造した商品を南薩食鳥が販売しています。南薩食鳥が1979年設立です。エヌチキンは2012年から株式会社ですが、農事組合法人エヌチキンという組織が前身です。会社としては36年目に入ります。また当社は飼育には直接は携わっていません。契約農家さんにお願いしています。私どもが製造している鶏は、スーパーで売られている若鶏とかではなく、それの親になる種鶏と呼ばれる鶏と、卵を産む鶏(こちらは親鶏と呼びます)ですね。この2種類をメインで扱っています。 ースーパーで売られている鶏は種鶏ではないのでしょうか。 若鶏と呼びますが、業界ではブロイラーと言いますね。ブロイラーの日齢50日前後です。私どもが扱っている種鶏が日齢450日、親鶏に至っては日齢750日ほどにもなります。鶏は飼育日数が増すと旨味成分のイノシン酸やグルタミン酸が増えていきます。その反面、肉質もしっかりしてくるのでどうしても固くなってしまいますが、種鶏じゃないと合わない料理、鹿児島はやっぱり鶏刺ですよね。若鶏よりも種鶏の方が人気がありますね。 黒さつま鶏燻製(盛り付けイメージ) ーいま、鶏の生産量は鹿児島が1位ですよね。 若鶏の生産量が1位ですね。若鶏の生産量に応じて種鶏も多いですね。ただ、全国各地に養鶏業者さんがいらっしゃいますので、私どもは鹿児島県産だけでなく全国から成鶏を購入して、敷地内の処理場で処理をして製品化しています。鶏刺であったり、福岡のがめ煮、宮崎のモモ炭火焼など、需要が多いので、九州だけでは九州の消費量を賄い切れないですね。 ー黒さつま鶏についてはいかがですか。 私どものお取引先が飼育をされていて、依頼をされて処理をしています。黒さつま鶏は鹿児島の地鶏なので、すべて鹿児島県産です。 黒さつま鶏燻製 ーブロイラーと種鶏の違いはいかがですか。 当社はブロイラーは扱っておりません。ブロイラーは国内で流通しているのが6億羽以上で種鶏は500万羽という貴重な鶏です。種鶏は長期間飼育ですのでエサ代もかかりますので価格も高いですね。種鶏の消費が圧倒的に多いのは九州で、年末には福岡・佐賀・大分あたりはお節用にがめ煮を作ることが多いのですが、九州北部にはものすごい量が出荷されていきますね。一方で九州南部は生食の文化が強く特に鹿児島ではとり刺し・たたきが多く食べられています。また宮崎を中心に炭火焼、もも焼きにも使われています。ブロイラーとの大きな違いは鶏本来の旨味とと歯応えを味わう事ができるという事でしょうか。 外国人需要にも対応可能な国際基準をクリア バリエーション豊富な出汁関連商品 ーいわゆる出汁を取るチキンスープは種鶏が主流になりますか。 そうですね、種鶏と採卵鶏の親鶏ですね。いわゆる鶏ガラはブロイラーのものも多いのですが、種鶏の方が濃い味は出ますね。黒さつま鶏が一番濃いですね。 黒さつま鶏の出汁 ー黒さつま鶏は基本的にいわゆる平飼いだから味が濃いのでしょうか。 地鶏には地鶏としての規定がありまして、鶏の種類や飼育日数、飼育面積に対する飼育数が決められています。地鶏は黒さつま鶏や宮崎の地頭鶏、名古屋の名古屋コーチンなど全国各地にありますね。 ーハラル認証(※)を取得された経緯は何ですか。 マレーシアなど多宗教の国ではイスラムの方も多いですし、日本に来られた際に食べるものがないというところでホテルさんや機内食でも困ってらっしゃるみたいです。そこで私どもとしては鶏肉でお役に立てないかと考えたのがキッカケでした。ハラル対応のチキンスープも販売させていただいています。 ーいま加工されている他の商品についても教えて下さい。 袋の炭火焼などの常温商品も製造していますし、缶詰も作っています。業務用の冷凍製品も製造しています。鶏のハム・ソーセージも第二加工場で対応できるようになりまして、ここ2・3年の分野がハム・ソーセージ事業、そして常温品ですね。常温商品は、炭火焼が各種と手羽煮の缶詰ですね。缶詰は製造から3年間です。 ーその流れもあっての出汁プロへの参加なのですね。開発状況はいかがですか。 現在、黒さつま鶏のラーメンを開発しており、県内のスーパーさんに商談中ですね。最初はギフト商品でスタートしました。すっきりとした塩味の中に隠し味でコクをプラスしたあっさりの鶏塩ラーメンに仕上がっておりスープが麺によく絡みます。是非、召し上がって下さい。 黒さつま鶏ラーメン(盛り付けイメージ) ーやっぱりスープの売りは新鮮なうちに時間をかけて出汁をだす部分が一番ですか。 そうですね、処理場が横にある私どもの強みですね。加工品を作るときは、解凍原料とチルド原料で比べるとチルドの方が綺麗で美味しいスープができます。鶏専門店さんにはチルドで鍋をご提案したり、常温では一般消費者の方に、というのを展開したいと思っています。 ー今後は直接的に一般消費者さんへの販売展開をされたいご意向がおありですか。 はい、していきたいというかしていかないといけないと捉えていますね。商品開発担当は私以外の2名は管理栄養士ですが、一般消費者の方に喜んでいただけるような商品開発をしていきたいですね。 ー最後になりますが、出汁関係では今後の展開の計画はおありですか。 そうですね、レトルト殺菌のメリットは、添加物をたくさん使わなくても殺菌できるところにありますので、シンプルな商品を作れますから、鶏本来のスープみたいな商品を常温品でできればいいですね。県外に売り込みに行くと「何で鹿児島なのに鶏なんだ?」と言われます。県外では黒豚のイメージが強いですから。黒さつま鶏ラーメンも動物系は鶏しか使っていませんが、少しだけ鰹と昆布のエキスを入れています。あくまでも鶏にこだわった商品で広く展開できるように、また、一般消費者さんにも直接お届けできるようにしていきたいですね。 ー本日はありがとうございました。 ありがとうございました。 ※「ハラル認証」とは 食品や化粧品等の製品に対し、イスラム教が禁じているものを含まない規格を定め、原材料・製造工程・製品品質等を審査し、適合する製品にのみ与えられる資格。 イスラム教徒に対して、衛生面、品質面ともに安全なものであることを示す基準となるため、アジア市場へ展開する食品メーカー等が率先して取得している。 南薩食鳥の商品が買えるネットショップ「南国食材商店」はコチラ インタビュー後記 肉から卵に至るまで、誰もが食べ慣れている食材である鶏。ブロイラーや地鶏という位しか知らなかったけれど、「種鶏」の特徴を知っておくと、口にする時の楽しみがより一層増えそうだ。厳しい国際基準の工場設備からは、「種鶏」40%もの国内シェアを生み出しているそうだ。後日、お土産にいただいた黒さつま鶏ラーメンをいただいたがあっさりした中にコクのあるスープがたまらなく美味しかった。 インタビュアー 井上秀幸 ライター 西田将之
『145年以上「お客様に喜ばれる味の創出」に挑むビジョナリーカンパニー』テスト 投稿日:2015年7月24日 作成者: dashipro 藤安醸造株式会社 取締役営業部長 藤安健志 取締役製造部長 二宮和哉 インタビュー:2015年1月28日 広大な土地に構える歴史を感じずにはいられない佇まいの大きな本社工場。味噌・醤油製造販売メーカー・藤安醸造は「ヒシク」のブランド名で鹿児島県内外に広く知れ渡る。その歴史のスタートは、なんと145年以上前に遡るという。 時代とともに移り変わる食文化を支え続ける老舗にその思いを伺った。 島津藩御用商人に始まり、世界に広がる“ヒシク”ブランド ー本日はよろしくお願いします。早速ですが、御社の歴史について教えて下さい。 初代藤安休左衛門が現在の鹿児島市住吉町で創業しました。創業当初は味噌・醤油ではなく穀物類を扱っており、島津藩の御用商人として、県外輸出品の統括を任されていたという記録が残っています。現在のような醸造業のスタート時期については厳密には不明でして、1870年の記録が最古のものとなりますので、1870年を創業年度と定めております。三代目藤安喜左衛門の時代には、警察組織も整備されていなかったようです。そのような時代背景の中で、当時は年貢などとしての経済価値を持っていた穀物類の防犯策と合わせて、醸造という工程を加え、味噌・醤油に加工することで貯蔵していたようですが、自家用としては膨大な貯蔵量であったでしょうから、加工した味噌・醤油の販売事業が起こっていったのではないかと伝え聞いております。また米・大豆・麦を所有していたこともあり、当時は味噌・醤油以外に日本酒・焼酎も製造しておりました。現在の味噌・醤油・酢商品の土台になっている部分と考えております。1980年、住吉町での工場規模拡充が周囲環境への配慮から難しいと判断し、谷山港地区の工業団地開発に伴い、現所在地に移転をしてまいりました。 かつては、代々実業家業の傍らでの醸造業でしたが、やがてそれが本業となり、現在に至っております。事業拡大を続ける中で、家庭用としての需要に応える形で、「専醤」という商品を開発し、大変に好評をいただいております。 現在でも「お客様に喜ばれる味創出業」というドメインをもとに味噌・醤油以外の商品の研究・開発にも力を入れております。また、海外のお客様にも弊社商品を喜んでいただけるようにもなってきました。 こうした発展も長年にわたる地元鹿児島の多くの方々のご支援が根幹にありますので、社員さんのアイデアを基に毎年3月に地域のお客様をお招きして「ほれぼれ祭」を開催し、毎年2,000〜3,000名の方に足を運んでいただいております。 創業後の集合写真 ー海外に向けてはどのような取り組みをされていますか。 日本国内において食の多様化が進み、弊社としても売り先の幅を広げる必要から少しずつ海外への展開を進めてきました。海外での「日本食」の関心度は高いと捉えています。先日上海に出向きましたが、スーパーでも寿司・刺身のコーナーは充実しています。おもしろいことに海外でも緯度が近いと味覚も近くなるんです。海外のバイヤーさんに弊社の醤油を気に入っていただきましたが、輸出するとなると原材料についての規制があることから、いわゆる「輸出用」として改良を重ねて、お取り引きにつながりました。台湾では、味噌汁の試食をしていただく機会がありました。「おいしくできた」と思ってお出ししましたが、「塩辛い」と言われてしまいました。現地の方の味覚にマッチしないと市場開拓はできないと痛感しました。 県産ブランド“黒さつま鶏”の認知拡大に貢献したい ー黒さつま鶏商品の開発について教えてください。 きっかけは非常に単純なものでした。九州新幹線開通に合わせて黒さつま鶏ブランドの開発があることを知り、「うちでも商品つくれたらいいよね」と話したのが始まりでした。初めは「黒さつま鶏みそ」を商品化しました。原材料として鶏を使うと骨が出ます。その骨を使って黒さつま鶏スープの開発がスタートしました。お取り引きのある飲食店さんにもお願いして、黒さつま鶏のメニューを出していただきながら、黒さつま鶏自体の認知を広めることと同時進行の開発でした。黒さつま鶏は、飼育環境が充実していて肉質がしっかりしている反面、スープにについては、かなりあっさりした上品な味になります。黒さつま鶏自体の認知も広まっていく中での開発でしたので、弊社としてもブランドの認知拡大にも貢献したい思いもありましたので、スープに続いて、鶏飯の開発が始まることになります。 左:野菜のおいしさ引き出すスープ/右:黒さつま鶏みそ ーフリーズドライ鶏飯について教えて下さい。 黒さつま鶏のエキスから様々な商品開発を始めました。初めは飴やスープなどの開発を行っていましたが、今の鶏飯は2年ほど前から試作を始めました。容量や価格の変更を経て、現在に至りますが、その他にも、色や香りについても試行錯誤を繰り返してきました。「色が濃くないほうがいいだろう」と色のない醤油を使ってみたり、「味にパンチがない」ということで手直しをして、味が辛めで淡白な出汁に合う料理人用の醤油をベースに使ってみたりと、試作に次ぐ試作の日々でしたね。その結果、爽やかなゆずの香りで美味しい商品に仕上がりました。今ではフリーズドライ商品の中でも、特に好評をいただいています。 左:奄美伝承鶏飯/右:味噌ちゃぢょけ ー黒さつま鶏のネームバリューも浸透してきている印象ですが、いかがですか。 鹿児島の食自体が、注目されてきている状況がありますから、少しずつ広まってきている印象ですね。弊社の鶏飯もその一端を担っていきたいですし、相乗効果があると素晴らしいと思います。黒さつま鶏は「第三の黒」として認知が広まってきていますし、鹿児島には黒豚・黒牛や黒酢、焼酎も黒がありますから、「鹿児島の黒」としてどんどん広まっていくといいですね。 左:塩麹飴/右:味噌飴 素材の良さを引き立て、「美味しい食卓」のお手伝いができたら嬉しい ー新しい取り組みにはどのようなものがありますか?また、鹿児島の出汁と調味料の関わりについてはどのようにお考えですか。 最近の取り組みとしては、若い世代の方々に味噌・醤油への関心を伺う機会をいただきました。驚いたのは意外とみそ汁を召し上がる方が多いということです。実家暮らしの方は、お母さんが作ってくれますし、一人暮らしの方でも定食屋さんなど外食の際に召し上がっている方が多かったのです。若い世代の方々の関心が低くはないことが分かったのは嬉しい収穫でしたので、“食べる喜び”や“作る喜び”をさらに発信していきたいと考える様になりました。 また、出汁と調味料との関わりについては、出汁は和食の表現の最たるものであると思いますし、みそ汁の出汁もいりこや鰹や様々な素材があります。いずれも味の黒子的存在ですから、それぞれを際立たせたり引き出したり、補い合ったりもあるかもしれません。味に関して言えば、鹿児島の味覚のベースそのものだと思います。土地の味覚に合っていることが原点です。調味料を製造している弊社としては、鹿児島の旨味とマッチングするのが調味料の良さですし、組み合わせることによって“美味しさ”も生まれます。素材を引き立て、旨味を引き出して、美味しい食卓のお手伝いができれば嬉しいですね。 「藤安醸造」の企業サイトはコチラ インタビュー後記: お話を伺い、まず驚いたのは会社の歴史。現存する記録から全てを紐解くのが難しい程だという。そして代々実業家として様々な事業を興してきた薩摩商人は、更に新たな市場を見据えている─。 インタビュー後、明日にでも本気で”美味い味噌汁”を作ってみようという気になった。もちろん藤安醸造の味噌を使って。 インタビュアー 笠井圭介 ライター 西田将之
『人々の「美」と「健康」を応援したい。壺造り製法を受け継ぐ黒酢発祥の地を訪ねて─』テスト 投稿日:2015年7月2日 作成者: dashipro 坂元醸造株式会社 取締役総務部長 中馬雅信 インタビュー:2015年3月19日 鹿児島のシンボル・桜島が背景に広がる「壺畑」。眼下には錦江湾が広がり、海と空と桜島の青が突き抜けるほどに爽快な霧島市福山町。壺造りを守り続け、“黒酢”を生み出した壺畑の主は坂元醸造。江戸後期から変わらない壺造り製法と廃業する業者が多い中、操業一社となっても絶やさなかった“黒酢”の歴史、出汁と共にある優しい引き立て役としての存在感を知るために福山を訪ねた。 江戸時代後期から同じ製法を守り続ける福山町の「黒酢」 ー本日はよろしくお願いします。早速ですが、御社の歴史と共に黒酢の歴史を教えて下さい。 まずは黒酢の歴史ですが、元々“黒酢”というものがあったわけではなく、江戸時代の後期、およそ1800年頃にこの福山の地で酢造りが始まったそうです。壺を使って酢造りが始まったわけですが、ここ福山町で始まった理由に3つの大きな条件があります。一つは年間の平均気温が18.7℃という温暖な気候であること。そして原料の一つである地下水が、良質で豊富にあるということ。この地下水は薩摩藩の時代は島津のお殿様に献上されていたほどの美味しい水で、地元では「廻り(めぐり)の水」と呼ばれています。もう一つは、福山はかつて大きい港で栄えた町です。今の鹿児島市と福山町の間を大きな帆掛舟で様々な物資を運んでいたんです。例えば、大隅や都城でとれたお米もここ福山が集積地となって鹿児島に向けて運んでいましたし、鹿児島でとれたものをここで下したりしていました。その中に薩摩焼の壺も福山に集められていたわけです。これらの条件が重なり、福山で酢造りが始まったということです。簡単な歴史としましては、江戸時代から酢造りが続くわけですが、戦前は家内工業的な小規模で、自分の家の裏庭で造るような酢造りが主流でした。そういう醸造所が戦前は24軒ほどあったそうです。ところが戦争が始まると、まず原料のお米がなくなりました。戦後になり、手間のかかる醸造酢ではなく、安い合成酢がどんどん出回り、次々と酢造りをされていた方々は廃業され、残ったのが坂元醸造でした。一社しか残りませんでしたが、その頃に現会長の先代の坂元海蔵が原料をサツマイモに変えたりして、壺で造る酢造りの技術を今に残しました。戦後、物資も原料も手に入るようになってから、廃業されたところが酢造りに復帰されたり、新規参入で始められるところもあり、現在は福山町で9社の事業者さんが酢造りを行い、今では酢の町といえば霧島市福山町となります。 坂元醸造の壺畑 ー壺を使った製法は全国的に見ても福山町だけでしょうか。 福山町だけですね。 ー海外の中国などでは同じ製法がありますか? ないですね。 ー世界で福山町だけですか? その点に関しては、ルーツを探ろうということで、研究者や大学の先生と一緒に中国に行ったこともありますが、中国の酢造り自体が製法も原料も違う全く別物で、やはりこの地独自の製法だろうということになっています。 ー中国のものを含め“黒酢”を謳う商品がいくつもありますが、製法の違いがあるんでしょうか。 はい。まったく造り方が違います。中国の酢を、「中国の黒酢」と呼ぶ方もいますが、厳密には黒酢ではなくて、色が黒いために日本では黒酢と思ってらっしゃる方が多いです。あくまでも中国の酢は“香酢”として販売されていて原料も餅米です。大きく違うのが、日本で造られている酢は液体発酵といって、液体に微生物が働いて酢が出来るというものなんですが、中国の場合は固体発酵といって、籾殻(もみがら)を使ったりして、液体の表面上で発酵させるのではなく固体で発酵させる独特な製法です。加えて、できた酢に塩や砂糖を入れて煮詰めたりもしますので、あれだけ色が黒く味の濃いものができあがります。日本では酢は酢ですが、中国の香酢はどちらかというと、醤油のような感覚で使われることが多く、朝はお粥にかけて食べたりという使われ方をしていて、日本でいういわゆる酢・黒酢とは全く別の“中国の調味料”と捉えていただければ良いかと思います。 ー色の薄い、いわゆる普通の酢と“黒酢”の原料や製法にはどのような違いがありますか? 元々は、福山の酢造りは先ほどのような歴史がありまして、現会長の坂元昭夫が、この製法で造った酢は年が経つごとにだんだんと琥珀色が濃くなっていくので、「これは何とか名前を付けないといけない」ということで、昭和50年に“黒酢”と名前を付けました。それ以降、“黒酢”という品名で販売していましたが、だんだんと“黒酢”という品名が広がって、日本全国の他の酢メーカーさんが“黒酢”という品名で商品を作っていったわけです。 商標登録をしていなかった関係で“黒酢”という商標は取れませんでしたが、坂元昭夫が“黒酢”の名付け親なんです。“黒酢”の基準は当然ありますが、製法の違いによりタンクで造る黒酢が圧倒的に多いわけです。しかし、壺で造る“黒酢”はここ福山町だけでしか出来ない独特な製法で造られるものです。 屋内でタンクを使って造る酢は温度をコントロールできます。発酵に適した温度で、適切な時期に微生物を加えて発酵させるわけです。一方弊社は一切温度をコントロールせずに、太陽エネルギーだけで発酵させ、微生物も壺や麹蔵に住みついており、自然に働いてくれるという違いがあります。タンク製造は温度コントロールすることで微生物に良い条件で発酵できるので早く造ることができます。壺造りの黒酢はゆっくりと時間をかけて造るという違いがあります。 職人により毎日行われる品質チェック 長い年月をかけて培われたノウハウを活かし、酢ブームをけん引 ー様々な原料や味がありますが、効能などの差はあるものでしょうか。 一般の酢とはまったく違いますね。坂元醸造は独自に40年ほど前から、公的研究機関や大学と共同研究を進めています。大きく二つの研究テーマがあります。一つは「体にどう効くか?」という黒酢の機能性、もう一つは、壺に原料を入れて発酵させる時に、「どのような時期にどのような微生物がどう働いていくか?」という発酵のメカニズムについてです。機能性については、血流を良くする働きであったり、血糖値を下げる働き、コレステロールを下げる働き、肝機能改善などが報告されています。法律の関係で、商品と一緒にアピールは出来ませんが、論文という形で発表をしています。黒酢研究会という取り組みも去年から始まり、黒酢の機能性の発表を他のメーカーさんと共にアカデミックに実施していますね。 ー壺の中の微生物で発酵させるということですが、壺自体の耐用年数はどれくらいの期間ですか? 壺は割れない限り半永久的に使いますね。使い込めば使い込むだけ良い壺といいますか、手間のかからない壺になっていくんです。今5万2000本の壺があります。その中で約2000本が江戸時代から使っている薩摩焼の壺です。当然、企業として増産していくためには壺を増やしていかないといけないわけですね。一時期は現会長も壺を増やさないといけないということで、薩摩焼の窯元にお願いに行ったみたいですが、作れないということで、台湾の壺を取り寄せて使いました。また、韓国の壺も取り寄せて使っていましたが、現在は滋賀県の信楽焼の窯元にお願いして、薩摩焼の壺をモデルに、形や通気性、焼きの温度などを調整して焼いていただいています。新しく仕入れた壺は微生物も住み着いていないので、熟成中の黒酢を入れて微生物を住み着かせてから発酵に使います。二〜三年経ってから発酵に使える壺になっていくということですね。 ー江戸時代の薩摩焼の壺と新しい壺では違いがあるものなんですか? 職人に言わせると、手間がかからないと。古い壺に仕込むと、放っておいてもスムーズに発酵・熟成していきますが、新しい壺だと発酵が遅れたりすることもあると聞きます。 ー仕上がりの差はありますか? 一定の品質にならないと収穫はしませんので、差はありません。黒酢職人は毎日壺のフタを開け、一定の品質になる様に管理作業を続けます。 ーすごいですね。 そういう江戸時代のままの製法で今でも酢を造っていますよ。 ー江戸時代もずっと壺を使っていたんでしょうか? そうです。江戸時代後期からですね。 ー基本的に原料はお米なんですよね? はい、お米です。お米100%ですね。酢はいろんなものから造られます。果物のリンゴやブドウとかですね。お米以外の穀物からも酢は造られますが、この製法はお米です。お米100%。 ー県内外での販売割合はどちらが多いですか? 全国的にお取り扱いいただいているので、極端に差はありません。元々、現会長の坂元昭夫は薬剤師で薬局を始めました。なんとなく「体にいいだろう」と、自分の薬局に黒酢を置いて売ってみたそうです。お客さんから「肩こりがなくなった」などの声があったので研究を始めたところ、効能がだんだんと分かってきたそうです。それで薬局ルートで販売したのが最初です。当時薬局に酢を置いているところもなかったでしょうし、「黒酢の良さをお客さんに知ってもらいながら販売しないと」、ということで、薬局展開で販売を続けてきました。 坂元のくろずハニードリンク ーでも当然薬ではないわけですよね、いわゆる健康食品の走りとも言えるのでしょうか? そうかもしれないですね。 ーその広がりに対して製造は追いついていたんでしょうか? 追いつかない時期もありました。この製法ですと簡単には増産できません。土地を確保して、壺を仕入れて、壺を発酵できるような状態にするのに何年もかかるわけですから。今5万2000本の壺がありますが、毎年徐々に増やしてきた結果、今の安定供給できる壺の数になったかなと思います。今後も増やしていかないといけないですが、一時期の酢ブームの頃は安定供給という面ではお客様に大変ご迷惑をおかけした時期もありました。 「壺畑」併設の直売店 坂元のくろずが買える「南国食材商店」はコチラ コクとまろやかさが特徴的な坂元のくろず日常の食卓で出汁とも積極的に組み合わせて欲しい ー次になりますが、出汁プロジェクトはどういった面で期待されていますか? 鹿児島には鰹節をはじめ、旨味のある素材がたくさんあるわけですよね。そういう出汁関連商品と、坂元のくろずをできるだけうまく融合させて、美味しくて健康に良い商品の開発ができれば理想かなと思ってはいます。 ー出汁と酢の相性はどう思われますか? 一つは、坂元のくろずは一般の酢と違って非常にまろやかですし、塩分を引き立たせるというか、たくさんの塩を使わくて済むということが、出汁にも役立つと思います。例えば塩分を気にしてらっしゃる方達も満足できる味付けができるんじゃないかと勝手に思っています。 ー引き立たせるという部分は大きいですよね。ただイメージとしては料理よりは健康食品としてのイメージが強い気もします。逆に和食という世界の中でうまく使えるとおもしろいですよね。 「あまんおっけ」という汁物が福山にはあります。イワシを入れ、味噌の代わりに酢を使います。出汁に黒酢を加えて吸い物にするのですが、酢が魚の臭みも取ってくれ、旨味もでてくる郷土料理にです。出汁と合わせて料理に使うことも、酢が豊富な福山では酢をうまく活用してきた歴史の一つですね。「あまん」が酢という意味で、「おっけ」は汁物を表す鹿児島弁ですね、味噌おっけとか。今の弊社の商品は壺造りの黒酢で「飲んで健康になりましょう」という商品が多いですが、より手軽に身近に使っていただけるような商品開発をしていかないといけないですし、その中で、出汁もうまく絡めていければありがたいですね。 ー最後に今後の展望をお聞かせ下さい。 「人類の美と健康に奉仕します」という社是のもとに、坂元のくろずの良さをより広めていけるように、また日常の食卓で取り入れて頂けるような商品をどんどん発信していきたいと思っています。 ーイタリアのバルサミコ酢みたいに全世界に広がっていくといいですね。本日はありがとうございました。 坂元醸造株式会社の企業サイトはコチラ 坂元のくろずが買える「南国食材商店」はコチラ インタビュー後記: 食卓での主役になることは少ない酢だが、坂元のくろずが守り繋いだ伝統と歴史は、壺と同様の重厚感を時間の経過と共に増し続けてきたのだろうと思う。 福山の地に育まれる壺畑はより存在感を増し、“黒酢”が出汁との共演を重ねた時、主役級の存在となるのが待ち遠しい。 インタビュアー 井上秀幸 ライター 西田将之
『「センスで負けない。」古き良き鹿児島の味を県外に発信する老舗醸造メーカーの試み』テスト 投稿日:2015年6月23日 作成者: dashipro 吉村醸造株式会社 代表取締役社長 吉村康一郎 インタビュー:2015年3月16日 鹿児島市街地から国道3号を北上すると、突然に現れる黒いおしゃれな建物。道路の両サイドから、直売店と本社事務所が向き合っている。いちき串木野に根ざして八十有余年。サクラカネヨのブランドで知られる吉村醸造を訪ねた。古き良き鹿児島の味にこだわる四代目社長に醤油・出汁・ソース(!)について、お話を伺った。 創業昭和初期。 鹿児島の味覚に合わせ、当たり前のものを当たり前に作るスタイルを貫く。 ー本日はよろしくお願いします。早速ですが、まず御社の歴史と創業から現在に至るまでの取り組みなどを教えて下さい。 創業は昭和二年です。創業当初から現在の場所で続けています。最初は醤油と味噌の販売・製造がメインですね、私で四代目です。二代目が現在の会社規模まで大きくしたと聞いています。それまでは、ほぼ家族だけで切り盛りしていたそうです。 本社外観 ー創業当初から広い地域で展開されていたんでしょうか。 いえ、地域としては串木野だけですね。鹿児島と出水と加治木に支店がありまして、ここからも配達をしています。 ー二代目の社長は行動力のある方だったんですね。面白いエピソードはありますか。 積極的だったとは聞いています。とにかく研究熱心な人だったそうです。自分でもの作りもしますし、営業もします。結構こだわるタイプだったみたいですね。お茶を入れる時も温度を測ったりですね。今もうありませんが、お得意先でもあった、のぼる屋というラーメン屋さんが鹿児島市内にありまして、そこの一杯千円のラーメンが好きで、毎日でも食べに行っていたらしいです。 ー串木野からですか!? 串木野から。 ーすごい行動力ですね。 風邪ひいた日もお持ち帰りで持って来させてたらしいんですよ。それぐらい、好きになると相当熱中するタイプですよね。1927年頃の話ですね。 ー創業当時からこちらの場所で営業されていて、遠方への販売とはどのようにされていたんですか。 加治木支店を作り、あとは鹿児島と出水ですね。二代目は鹿児島県内の拠点を増やしていきました。通販は自然に増えましたので、特に力を入れてはきてないですね。 ー人気の商品や、商品に対するこだわりの部分はどういったものがありますか。 濃口の甘露という商品が一番人気ですね。醤油の5割以上を甘露が占めていると思います。 ー当時はどのように配達されていたんでしょうか。 当時は木樽に入れて配達していたみたいですけど、瓶ができて、ペットボトルができて、どんどん木樽もなくなっていったみたいですね。 ー一番人気の甘露も含めて、御社の独自性はどういった部分におありですか。 独自性というのは難しくて、鹿児島の味覚に合わせているという点でしょうか。鹿児島の料理は甘辛いものが多いので、旨味が強く味が濃い料理に合うように作っています。当たり前のものを当たり前に作っているという感じですね。鹿児島の醤油のベースは同じなんです。隼人に組合の工場があって、その醤油を各メーカーが仕入れています。そして各メーカーが砂糖や調味料をブレンドして出荷しているので、味に大きな差はありませんが、若干甘さに差があるかなとは思います。組合ができたのが、50年ほど前らしいです。それまでは各メーカーが原料からもろみを作っていたらしいですが、かなり大変な作業だったみたいで、「将来の働き手がいなくなる」という危機感もあって、共同出資で隼人に工場を作ったんですよ。サービスに関しては、個人のお客様に弊社のスタッフが御用聞きをしていまして、各家庭を訪問して販売をしています。個人・家族規模の醤油屋さんは今でもしていることですが、弊社規模での御用聞きは少ないと思います。 ー戸別訪問はずっとされているのでしょうか。 そうですね、30年程だと思います。現在8000世帯くらいのお客様がいらっしゃいます。訪問専任のスタッフも13名います。 吉村醸造の商品の一部 地元の人々に素材の美味しさを体験して欲しい ー今回出汁プロにご参加されたきっかけは何ですか。 はい、たしか2年ぐらい前に、天文館でトークショーをされたと思うんですよ、岡本さんとか中原さんとかの。それを聞きに行ったのが先か、川辺で開催されたグッドネイバーズジャンボリーに出汁プロジェクトで参加されたりとかで存在を知って、トークショーを聞いたときに、中原さんに私も参加できないか聞いたんですけど、そのときは返事いただけなくて。その後募集されてましたよね?それで、やってみようかなと思いました。 そのトークショーで、どんなところが面白いと思って参加してみようと思ったんですか。 出汁と醤油って関係が深いと思うので、まだまだいろんな可能性があるのかなと思っていました。せっかく鹿児島で鰹節をたくさん作っているのに、実際に鰹節を使っている人はそんなにいないと思うんですよ。味噌汁も鰹節で出汁を取る人より、いりこの方が多いと思うんですよ。 鰹節は手間がかかりますからね、いりこだとすぐなんですけど。 値段的なものもあるんですか。鰹節の方が高いんですかね。 値段よりは手間だと思いますね。 だからもったいないなぁって思って。せっかく良いものがあるのに、地元の人たちが使わないのは、もったいない気がしてました。 ー吉村さんはご自宅で、鰹で出汁を取られますか。 鰹といりこと両方使いますね。 ーどういったことを広めていきたいか、具体的にお勧めしていきたいものはありますか。 そうですね、みなさん味噌汁を食べると思いますが、ご飯派の人は多分鰹節から出汁を取る人はあまりいないと思うんですね。大体の人が本だしとかだと思うんですけど、でも鰹節から取る出汁ってすごくおいしくて。そのことに気付いたのはじつは茶節ってありますよね。あれを直売所で販売しているんですけど、試食の時に出汁の香りがすごく強くて、「鰹節ってこんなにおいしいんだ」って気付きました。一回それを体験すれば今よりももっと出汁に関わる人が増えていくのかなと思います。やっぱりおいしいものを食べるっていうのは、「明日も食べたい」「また食べたい」となりますから、それで味噌の消費量も増えていけば嬉しいなと思っています。 ー鰹で出汁を取る人が少ないことを実感されるのはどんな時ですか。 そうですね、8年ぐらい前の話ですが、地元のスーパーで働いていたんです。そのときは本だしの方が売れてましたからね。安いこともありますしね。 ー実体験がおありだったわけですね。 そうですね、うちのスタッフに聞いても、節から出汁を取る人は少ないんですよね。 ー先ほど、加治木の醤油の話がありましたが、吉村醸造ならではの醤油の特徴について改めてお聞きしてもいいですか。 しいて言えば甘さ控えめな点ですかね。 ー鹿児島では甘さが控えめということですか。 はい、そうです。鹿児島では甘さ控えめですね。甘さの加減と旨味の加減をどうするかという部分ですね。 ー創業された頃から鹿児島独特の甘醤油の取り扱いはありましたか。 なぜ甘いのか諸説ありますけど、料理にたくさん砂糖を使っていたみたいで、醤油に混ぜて、ひと手間省くということでカネヨさんが作ったと聞いたことはあります。元々は鹿児島の醤油も辛かったみたいですからね。 デザインの力で新たな顧客層を開拓した「第3のソース」 第3のソースシリーズ ー第3のソースは醤油屋が作ったソースという点でもおもしろいコンセプトですが、開発のきっかけを教えていただけますか。 鹿児島県内から県外に出て行こうという会社の方針があります。本当は醤油を売りたいんですけど、鹿児島の醤油は甘いのでなかなか九州外の方には受け入れてもらえないことがありました。「だったらソースを売ってみよう」となって、今はソースに力を入れてますね。 ー評判はいかがですか。 おかげさまで県外のバイヤーさんも面白がってますね。飲食店さんにも興味を持っていただいて、少しずつ県外でも売れるようになってますね。中身だけでなく見た目(デザイン)にも力を入れてます。見た目も大事だなと最近すごく思いますね。 ー「第3のソース」ってすごくおもしろくて、素敵ですが、開発過程で決まったネーミングですか。 トンテキをご存知ですか?三重の四日市のご当地グルメですけど、分厚い豚肉を低温の油でゆでて、それをまたフライパンで焼いて最後にソースを回しかけてジューと焦がして出す料理用に作ったソースです。でもトンテキソースという商品名にピンとこないじゃないですか。だからもっとインパクトのある名前にしようということで決まりました。 ー開発と拡販だと拡販の方が醤油味噌以外では難しいと感じられますか。 どっちも難しいですけどね。最近になって県内の商談会とかに出るようになりました。うちは県外に通用するような目玉商品がなくて。よく聞かれたのは、「吉村醸造さんらしさって何ですか」ということでした。返事に困りましたね。当たり前のものを当たり前に作っていたので相手にされませんでしたが、第3のソースやとんかつブラックを持って行くようになると関心を持ってもらえましたね。見た目と商品名のユニークさに加えて味もおいしいと思うので、以前よりは拡販に関してはハードルが低くなりました。ただ売れ続けないと意味がないので、リピートして頂けるかということが不安ですね。 ーどういった年代の方に売れていますか。 若い方ですね。見た目がこれなので。 ー第3のソースというネーミングですが、第1・第2は何が該当しますか。 第1・第2はとんかつソースとウスターソースですね。第3のソースは中濃ソースです。 ー今後取り組んでみたい企画や新商品開発があれば教えてください。 醤油屋なので醤油で何か新製品を作りたいという思いはありますが、みその原料がほぼ中国産なので、一部の商品で国産大豆で作るですとか、もっと高く売れる商品を作りたいですね。 本社正面にある直売所。醤油の量り売りもしている。 ー例えば、「これまでなかったものを作りたい」とか開発のメージはおありですか。 そうですね、原料にこだわった商品を作りたいというのはありますが、新商品はなかなか難しいですね。 ーブランドビジュアルは戦略的に洗練された古き良きものをメッセージとして発信していく方向性ですか。 そうですね、その方がお客様にも伝わりやすいと思います。 ー今後の展望や吉村醸造のビジョンを表す言葉があれば教えてください。 そうですね、かっこいいというかおしゃれな感じは出していきたいっていうのはありますね。センスみたいなものは負けたくないというのはありますね。 ー本日はありがとうございました。 ありがとうございました。 インタビュー後記: 取材の後に道路向かいのかわいい直売店へ立ち寄った。商品がきれいに並べられている。ソフトクリームが人気らしい。雑貨も充実していて楽しいが、デザイン素材はすべて醤油。 こうした吉村社長のセンスから新たなスタンダードが生まれるのが楽しみだ。 インタビュアー 横田千恵美 ライター 西田将之
『保存料は使わない。人がやらないことをやる。進化を続ける“揚げ立て”の味。』テスト 投稿日:2015年6月18日 作成者: dashipro 株式会社立石食品 代表取締役 立石悠治 インタビュー:2015年3月13日 薩摩藩の時代に琉球から伝わったとされるさつま揚げ。関西地方では天ぷらと呼ばれる。揚立屋のさつま揚げは、その天ぷらを学んだ初代が、“揚げ立て”にこだわり鹿児島に持ち帰ったものだ。地元では馴染み深く種類も多い食材だが、時代を超えて守り続けられる揚立屋のこだわりは広くは知られてはいないかもしれない。揚立屋のルーツと変わらないこだわりを出汁との展望と合わせてお話しいただいた。 鰹節屋の四男の長男が創業。正月も夜中に起きて揚げ立ての味を提供。 ー本日はよろしくお願いします。まずは御社の歴史について教えて下さい。現在社長は何代目になられますか。 二代目です。三年前に引き継ぎました。やっぱり創業者というのはすごいと感じます。会社って心電図と一緒で上がったり下がったりするものなので、良い状態でずっといけば安定して良いですが、良くない状態が続けば死んでしまいますからね。元々は枕崎の出で、初めは鰹節屋だったんです。立石常次郎が創業者です。その四男坊の長男が先代の私の父です。小学校の夏休みに、鰹漁船が港に戻ると、人手が足らないから加勢に行ってたんですね。同じ頃にいとこ達は手伝いはせずに、外に遊びに行っていたそうなんです。「なんで俺だけこんなことせんないけんのだろうか」という思いがあって、「ここには入りたくないな」と思っていたそうです。 ーそれで独立されたと? はい、初めは静岡の焼津に鰹節の修業に出ました。その修行先が天ぷらと鰹節を製造していたらしいです。先代は事務員の方に聞いたそうです、「どっちが儲かりますか」と。「天ぷらが儲かります」と聞き、「そうですか」と。鰹節は獲ってきて、骨を抜いて燻製してと、でき上がるまでに半年かかるんですよね。そして商品を納入してお金をいただくまで8ヶ月から9ヶ月程もかかります。天ぷらはすぐお金になるので、枕崎に帰りたくなかったこともあって、一生懸命に天ぷらを修業したそうです。それがスタートですよ。焼津で独立し、工場も作りましたが、最終的には鹿児島に戻り、和田で操業していました。鰹節をせずに天ぷらで独立しましたから、本家からの支援はゼロでしたね。 ーでは、和田がスタートの地ということですか? 和田がスタートです。最新の冷蔵庫を導入したらしいのですが、夜中の機械音や油の匂いが近隣にご迷惑だということで、現在の場所に移転してきました。それから35年ほど経ちましたかね。創業当時の話ですが、当時はまず、お客さんがいない・原料メーカーさんがいない・何もない白紙だったんですね。そしてほとんどのお店は年末年始はお休みなんです。そんな中で、先代は夜中に起きて、商品を作って、温かい状態で年末も正月もお店を開けていたんです。揚げたては温かいですよね。当然諸先輩方よりも値段は低いですが、人が休んでいる時に仕事をして、そこから「揚げたて揚げたて」と言われたのかもしれませんね。 立石食品の商品の一部 ー鹿児島では後発ですし、特徴としては揚げたて・温かいというところが受け入れられたわけですね。 私どもは、無リンすり身を使い、保存料を使わない製法ですが、結局は後発です。今も後発という気持ちがありますし、人と同じことをしていたら研鑽にならないので、人がまったくやってないことをやるという創業者の想いもあります。 ー揚立屋という名称になった20年ほど前ということですか。 はい、そうです。直営店は揚立屋という名称で金生町本店が一番最初で、22年前にオープンしました。 「保存料は使ったことがないから使い方がわからない」 ー“揚げ立て”の他にこだわりポイントはありますか。 今ではもう新しい考え方ではないかもしれませんが、“人に見せたくないところを見せる”スタイルです。それは20年ほど前では、新しかったでしょうけど、今は当たり前だと思います。オープンキッチンにして一番見せたくないところを見せる。今もそれを継承しています。やっぱり目の前でお客様に見ていただかないと、と思います。あとは添加物を使わずに天然のものを使っています。8種類ほどの魚を組み合わせて、魚自体の味を組み合わせることによって作ります。保存料を使いませんが、実は使ったことがないから使い方がわかりません。ごめんなさい、チャレンジをしようとも思っていないです。だからこそ、怖がるんですよね、商品の扱いを。「どうしようどうしよう」というくらい心配になります。テストもしたこともありますが、我が社の商品は置いておくとすぐカビになります。 ーそこが大きなこだわりなんですね。 こだわりですね。 ー最近、食品を放置したままの実験画像みたいなものが出回ってもいますよね。 魚もそうなんですよ、無リンすり身というものを使っていますので、代替品がありません。大量に注文はします。ただ、同じメーカーさんのものをずっと使い続けます。特別オーダーなので、二年に一回ほどは産地に出向いて、すべての工場をチェックします。東南アジアや北海道、アラスカだったり。 ー無リンすり身の“無リン”というのはどういったものですか。 無添加の無に、リンはリン酸塩のリンです。昔の日本は魚を食べる方が多く、リンは摂取過剰だったということで、無リンすり身を使いなさいというお達しがありましたが、今の飽食の時代では、健康に害のあるリン摂取が減ったということで、リンの使用がOKになった結果、全国的に一気にリンの使用が広がりました。当然、無リンすり身は割高なんですよ、特注なので。心が揺れ動きましたけれど、無リンからスタートした会社だから、無リンのこだわりを押し通しました。それで原料費が高くなっているのかもしれませんけど、そこは大事にしたいと思っています。でないと良いものが作れませんから。 製造の様子 鹿児島の出汁をさつま揚げの調味料として使っていきたい ーさつま揚げの中でもお客さんに評判のいいものはありますか。 そうですね、柱となっているのはサツマイモだったり、ごぼうだったり、チーズだったり、ノーマルの棒天だったりが主流ですね。一年に一回、感謝セールをさせて頂いていています。地元で商売をさせていただいていて本社が鹿児島ですから、続けていきたいと思っています。ただ原料費が高騰しているのは確かなので、セール内容は一定とはいかないこともありますが、どんな形になろうとも続けていきたいと思っています。 ー出汁プロジェクトに参加以降、出汁を使った商品開発に対してはどのようにお考えでしょうか。 できれば調味料として入れたいですよね。鰹節粉末・昆布粉末・しいたけエキス・鰹エキス・鰹椎茸昆布の組み合わせですね。出汁プロジェクトの出汁が、粉末状だといいなと考えています。それをさつま揚げに入れてもおもしろいかなというのはあります。 ー動物性の出汁だといかがですか。 動物性はビーフエキスみたいな感じで入れられると思います。ただ、化学調味料は使わないんですね。動物系の出汁もそういうものがあればテストで調味料として入れさせて頂いて良いと思いますけど。よく東京の日本橋に行きますが、ある食堂がものすごく流行っているんですね。そこにいる奥様方をずっと見るんですよ。健康に良いものを食べたらあたかも「健康になった」って思われるんですよね、女性は特に。で、その帰りに、なぜかスイーツに走るんですよ。これっておかしいなってずっと思ってます。僕らもスポーツをして、「今日は良い汗かいたな痩せたな」と思って、グワーッとビール飲んだり。男性も女性も一緒だけれど、食べて健康になる、出汁も飲んで健康になる健康補助食品みたいな切り口は良いんじゃないかと私は思います。 ーいま鹿児島女子短期大学さんと組んで、出汁茶漬けのレシピ開発を行っています。さつま揚げをトッピングで使ったりもしていて、活動を続けていく予定です。最後になりますが、出汁プロジェクトに対してのリクエスト等ございませんか? おでん出汁かな、と思ったりします。弊社でも一店舗くらいはおでんを出していきたいと考えています。去年、夏向けのゼリーおでんを試作しました。お蔵入りになりましたけどね(笑)。さつま揚げがあって、具材もあり、出汁が必要なんですよ。冬でも夏でもいいでしょうけど、さつま揚げのおでんを、と思っています。 ー次の試作が楽しみですね。今日はありがとうございました。 ありがとうございました。 揚立屋のさつま揚げが買える「揚立屋」HPはコチラ インタビュー後記 軽快な語り口ながら、揺るぎない信念がまっすぐに伝わってきたのが印象的だった立石社長。その信念に支えられ“揚げ立て”を守り続けた歴史が、商品に姿を変えて食卓に届くことを考えると「ありがとう」という気持ちが湧き上がるほどです。こだわりの“揚げ立てさつま揚げ”と鹿児島の出汁との新しい出会いが楽しみです。 インタビュアー 井上秀幸 ライター 西田将之
『消費者と一緒に広めたい、香り高い「かごしま茶ブランド」』テスト 投稿日:2015年5月29日 作成者: dashipro 鹿児島製茶株式会社 代表取締役社長 森裕之 インタビュー:2015年3月12日 鹿児島市南栄の鹿児島県茶業団地、新茶の季節には周辺一帯が爽やかなお茶の香りに包まれる通称”お茶団地”と呼ばれる一角に「お茶の美老園」のブランドで、鹿児島県民に広く親しまれている鹿児島製茶の本社を訪ねた。代表銘茶「さつまほまれ」の作り手として、またご自身も”日本茶インストラクター”としてお茶の普及促進に取り組まれている森裕之さんにお茶の歴史と展望、思い描く出汁との関わりについてお話を伺いました。 社歴130年。 「誠実奉仕」の精神でお届けする、季節の香り。 ー本日はよろしくお願いします。早速ですが、130年ほどの社歴の中で創業当時のお話と、どのような形でお茶の製造販売に取り組んでこられたのか教えていただけますか。 はい、初代が明治14年に、宮崎県都城市で創業したと聞いております。その後、曾祖父と祖父が鹿児島に移り鹿児島での創業が明治36年のことです。戦争を経て多くの記録が焼失しましたが、都城では、仕入れたお茶を工場で加工し販売していた、という記録があります。都城よりも鹿児島の方がお茶の生産量は多かったため、鹿児島に移って、茶業を営んだと聞いております。初めは、「お茶の美老園」としてお茶の小売り卸しをするようになり、戦後になり卸しを拡充するために鹿児島製茶という会社を設立しました。以後、小売りを「お茶の美老園」、そして卸しを鹿児島製茶という組織形態で運営しています。仕入れは、昔から変わらず、農家さんからの仕入れ販売と、市場からの仕入れ販売という2つのルートです。美老園での小売り、県内外の茶販売店への仕上茶の卸し、また、県外の問屋さんへの荒茶の卸しも行っており、私が五代目となります。 ー“荒茶”というのはどういったお茶ですか? 荒茶というのは、農家さんが栽培しているお茶を摘み取って、蒸して、揉んで乾燥したものが荒茶といいます。生茶のままでは萎れてしまうので、農家さんの畑の近くにある荒茶工場で蒸して、揉んで乾燥したものを仕入れる形です。荒茶を見栄え良く整え、焙煎することでお客様が飲む一般的な仕上茶(=商品)になります。 ー直接消費者にお届けする場合と卸しの場合で共通しているこだわりはどういったところでしょうか。 先々代が常々言っていた言葉に「誠実奉仕」がありまして、「正直にお客様に尽くし、お客様に喜んでもらえるものを提供する」ということが、小売りにも卸しにも一貫してこだわっている点です。お茶の品質に関しては「旬のお茶、薫り高いお茶をお客様に提供する」ということを徹底しています。お茶は4月から5月中旬までの一番茶、続いて二番茶・三番茶と摘まれますが、一番茶でもおいしい時期は産地によってごく一部の期間です。それが旬という言葉で表現されるわけですが、「この産地はこの時期がいい」というタイミングがあります。そこをしっかり見極めて、輝きがあって香りが強いお茶を仕入れる、そしてお客様が喜ぶ味わい香りに仕上げるということを常に考えています。 ー県内でも旬の差があるんですか? はい。早場産地・中間産地・遅場産地がありまして、例えば県内で一番早い産地が種子島・屋久島です。3月中下旬から採れ始め4月の頭に最盛期を迎えます。一方で、県内の遅いところでは5月にならないとお茶が採れないという産地もあります。産地ごとに気象条件と地理的環境、品種で採れる時期は違います。 ー地理的環境という言葉がありました。鹿児島はお茶の栽培に適しているんですか? そうです。お茶自体が亜熱帯地域の植物なので温かい方が適していますが、平均気温が高すぎると逆に品質はよくないんです。というのが、冬場にお茶が休眠する時期があった方が4月の新茶の時期に美味しい芽が出ます。ですから沖縄ではあまり美味しいお茶は採れません。鹿児島だと冬もある程度は寒いのでしっかり休眠ができて美味しい芽が出ます。逆に寒すぎる地域だと霜で新芽がダメージを受けますから美味しいお茶ができにくいので、鹿児島はお茶作りには恵まれている環境です。 ー寒さと温かさの両方に恵まれているということなんですね。おもしろいですね。 様々な商品銘柄を展開されていますが、代表的な人気銘柄、また積極的に取り扱っていきたい銘柄がありましたら教えて下さい。 商標を登録している「さつまほまれ」という茶名がありまして、その中でも一番売れ筋なのが「特選鳳苑(ほうえん)」というお茶です。鹿児島でも美味しいとされる産地のお茶を選りすぐって作っています。お茶の品種も鹿児島は豊富にありますので、それぞれの品種の特徴に合わせた焙煎・香り・味をバランスよくブレンドした自信の銘柄です。他にも「さつまほまれ」のもうワンランク上の「鳳秀(ほうしゅう)」という銘柄も人気があります。また、デパート等でよく売れているのが別名「詰め放題のお茶」と呼ばれている、量り売りのお茶ですね。「詰め放題のお茶」は芳ばしい香味が特徴的でリーズナブルで美味しいと好評ですね。 現在深蒸し茶が流行っており、鹿児島の生産現場でもその傾向にあります。ただ山間の香りのよいお茶は香りを残す本来の普通蒸しにした方がお茶の特徴が活きると考え、先代が奥霧島茶という商品を作りました。お茶本来の良さ・素材そのものの香りを楽しむ、奥霧島茶をもっと普及させたいと思っています。 検品中の茶葉 ーお茶は基本的にブレンドして作るものなんですか。単一品種で出回る銘柄はないんでしょうか? 一つの品種で作られるお茶も弊社にもありますし、単一品種や単一圃場のお茶を販売されているお店もあります。ただ、味や香りに深みを出したい、煎出したとき緑色が濃く出したい時など、お店独自のブレンドをすることによって、まろやかだけどコクがあるというような香味が出せます。単一品種の場合は、原料そのものによっては特徴あるお茶もできますが、どちらかというとシンプルで単調な味になる傾向があるので、弊社の場合は思い描く香味を追求するためブレンドをしての製造が主体になりますね。 ー深さ・まろやかさという言葉が出てきましたが、森さんの考えるお茶の味の決め手は何ですか?どういったところを大事にされていますか?「甘み」も関係がありますか? まずは、やはり香りがあるお茶ですね。 新しい品種の「さえみどり」だと甘みのアミノ酸の含有量が高いですが、コク味が少なくて物足りないって思ってしまう時があります。渋みのあるタンニン量が多い品種や香り豊かな品種や違う産地のものなどをブレンドして香味のバランスをとったりしますね。 茶葉の検品の様子 ー次に力を入れたい取り組みや商品はおありですか? はい、今「サツマルシェ」という、デザイン性があって手軽に飲めるティーバッグを発売しています。これまではそれほどお茶を飲む習慣のなかった方や、お茶をギフトとして贈ったことのない方でも、”飲んでみたい”需要を喚起させて、もっとお茶に親しんで頂きたいです。「サツマルシェ」はティーバッグですが、バリエーションを増やしたり、ティーバッグ以外の形を作ったりしてもよいと思います。今和食が見直されておりますが、傍らにあるお茶がより多く飲まれているという印象は受けません。鹿児島産の美味しいお茶を全国のみなさんにもっと知って頂きたいですね。 鹿児島のお茶の消費量は、平均より少し多いですが、静岡と比べるとまだまだ少ないです。鹿児島の人が美味しいお茶をたくさん飲んで、鹿児島のお茶に自信を持って県外の人に勧められるような取り組みをしていきたいと思っています。県外の方にも鹿児島のお茶を飲んでいただければ、あまりお茶を飲んでいない方でも、コクがあって緑色もキレイな鹿児島茶のファンになっていただけると確信しております。 ー次に、出汁プロへの参加の経緯や思いを教えて頂けないでしょうか? はい。和食が注目を浴びているという部分で、和食と一緒に対になっているのがお茶だと思います。まずはそのお茶をしっかり日本人そして世界の人々に知ってもらうということ。そして、出汁茶漬けなどでもお茶を加えることによって味がまた引き締まったり、コクが出てきたりという作用が分かってきたので、是非、料理を含めて生活の中にお茶を楽しむ機会を増やしていきたいと思っています。 参画いただいている梛木先生にも「茶粥はいいよ」と勧められていますので、やっぱりお茶という鹿児島の特産品をもっとPRしたいですし、普通に飲むお茶以外のコラボレーションができる可能性に興味を持って参加しています。 ー今後の展望・ご希望も含めて、「出汁の王国・鹿児島」プロジェクトとの関わりにどのようなイメージをお持ちですか? そうですね、ゆくゆくは和食と一緒に日本茶と言う形でお茶が広まることを目標としていますが、その一歩前、出汁とお茶が一緒になった商品も手始めに作っていきたいなと思っています。昆布茶というお茶がありますが、昆布茶には実際はお茶が入っていません。本当のお茶と昆布や鰹の出汁とうまく組み合わせたうまみたっぷりのお茶もできると思うので、商品化したいと思っています。 消費者やスタッフの「声」から広がる、鹿児島茶の更なる可能性。 ー御社での商品開発・新しいものを作ろうというキッカケは消費者からの要望に応える形もあると思いますが、商品開発にはどういったプロセスがありますか? お客様からの声から形で作り出す川下側からパターンと、産地や品種や栽培製造方法など作り手の川上側から作り出すパターン、両方あります。「サツマルシェ」を開発したのは、お茶の袋詰め包装などを行うスタッフや接客販売や営業をするスタッフたちでした。お客様と作り手の間を取り持ち、そして当社のお茶をよく買う女性社員自身が「自分たちが欲しい」というものを、自分たちでデザイン設計し、販売の仕方まで考えたので、自信をもって販売しています。世界緑茶コンテストで最高金賞を受賞したほか、各種コンクールで評価いただき受賞されましたから、今後は「任せて作る」ということもやりたいと思っています。 ーちなみにサツマルシェはアイデアから発売開始までどれくらいの期間があったんでしょうか? およそ一年です。 ー一番大変なのは味を決める部分ですか? 新商品だと特にそうです。「桜島小みかん茶」ですと、何が合うのか、鹿児島の特産品で色々ブレンドを試作するところから始まり、桜島小みかんに行き着き、桜島小みかんをどのお茶とどのくらいの割合でブレンドするのかなどを試行錯誤するなどかなり時間はかかりました。 ー頻繁にアイデア会議のようなことをされているんでしょうか? お店・会社では月ごとの営業会議はありますが、具体的に「こういった商品をいつまでに開発する」という会議は定期的にはしておりません。会社からのトップダウンの商品開発の指示のほかに、各お店や営業担当が自分たちの販売したい商品・販売方法を考え、それらを企画としてあげることが最近増えてきました。今後はクロスオーバー的な形でそれぞれの部署から代表を出して作り上げるなど、”チーム”で作り上げる、みんなの思い入れのより強い商品作りを行っていきたいと思っています。 ー思い入れ、大事ですね。受賞の効果は大きかったですか? そうですね、新聞に載ったりテレビに出たりすることでお客様に知っていただくことはもちろん、取材を受けたり自分たちでプレゼンすることで、開発チームメンバーそれぞれの成長にもつながっていると思います。普段お茶を買われなかった方が繰り返しご購入いただくなど、非常にありがたいです。 ー先ほど出汁とお茶のコラボ商品について触れられました。お茶漬けと日本茶の関係性と、普及を進めるにあたっての展望がおありでしたら教えてください。 永谷園というふりかけで知られている食品メーカーさんがありますよね。永谷園さんの先祖は現在の煎茶の製法を開発した永谷宗円なんですよ。現在の日本茶を開発した子孫の方が事業領域を広げ、お茶漬けなど多岐にわたる製品を開発し、販売しているということです。弊社としても同じように事業選択の可能性は広く持っていたいと思います。かごしま茶を前面に押し出したお茶漬けも世界に展開するのも面白いと思いますね。 ー普通に飲むお茶と、お茶漬けに入れるお茶の違いはありますか? そうですね、これまでの試作を通して、お茶の旨味が強過ぎたり焙煎が強過ぎたりすると、お茶漬けには合わないんじゃないかと思います。具材にもよると思いますが、相性のいいお茶をもっと工夫して探さないといけないと思いますね。 ー鹿児島茶のお茶漬けにポテンシャルを感じられますか? はい。鹿児島は産地も色々ありますし、品種もたくさんあり採れる時期が長く、回数も多いという多様性が大きい上に、農家さんとの協力関係も非常に良い産地なんです。いろんな食材と組み合わせられるのが鹿児島のお茶だと思います。紅茶も製造していますし、紅茶でお茶付けというのも面白いと思います(笑) ー静岡のお茶と比べても鹿児島茶の多様性の方が大きいということでしょうか? そうですね。静岡だと「やぶきた品種」がほとんどです。鹿児島の場合は「やぶきた品種」も多いですが、それでも4割弱です。栽培方法も旨味が出るような”かぶせ”という手法で、直射日光を遮ってお茶が持っているアミノ酸がカテキンに変わるのを防ぎます。アミノ酸が多いうまみの強いお茶が鹿児島では主流ですが、”かぶせ”ない作りかたもできます。”かぶせ”をしないことで渋みがやや強いが香り高いお茶を鹿児島でも作る方もいらっしゃいます。また鹿児島では機械化が進んでいるため、一番茶だけでなくリーズナブルな二番茶・三番茶も製造しますし、それらは日差しをよく浴びているのでカテキンが多く渋みが多いお茶もできます。 ー鹿児島で作られているお茶の品種はどれくらいあるんですか? 奨励品種というのが10種類あります。そのほかに優良品種と呼ばれるものが8種類ありますし、病気や虫に強い特徴を持っていたり、香りに特徴がある品種など新しい品種がいくつも生まれてきており、茶市場では30種類くらいは上場されているかと思います。 製造工程の茶葉 鹿児島茶を通して、全国の人々が心に潤いを感じてくれたら嬉しい。 ー最近はニューヨークでもお茶が広まっていると聞きますが、海外展開についてはどうお考えですか? 海外展開の方は力を入れ始めていまして、現地の方にお手伝いをもらいながら、海外の展示会に行って、お客様にフォローしていただいたりしています。今、アメリカへの輸出が増えてきていますが、もっと鹿児島茶を使ってもらえるように直接販売する取り組みを続けている段階ですね。 ー東京オリンピックに向けては、お茶には追い風だと思いますが、御社を含め鹿児島の茶業界としてはどう捉えてらっしゃいますか? 業界として飲み方や楽しみ方を啓蒙していかないといけないですが、静岡や京都は文化を感じさせるような取り組みをしています。鹿児島の場合は、鹿児島に来てもらって、お茶が育つ田舎の風土を味わってもらったり、温泉や自然に親しんでもらいながら、かごしま茶の良さを知ってもらうような方法も面白いのではと思います。 ーなぜ鹿児島の人は静岡の人よりお茶を飲まないんですかね? そうですね、資料では静岡が鹿児島の倍以上の消費です。「かごしま茶が一番だよ」、「かごしま茶を飲もう」という啓蒙がまだまだ足りていないんだと思います。いま、小学校に対して日本茶インストラクター協会が中心になって、「お茶のふれあい事業」という啓蒙活動を行っています。もっと活動を大きくして、地元のみなさんがもっと鹿児島のお茶を飲むようになったらいいなと思います。 ー最後になりますが、鹿児島の出汁素材とお茶の相性で試してみたいものはありますか? やはり今まで”茶節”が伝統的にあったので・・、 ー大好きです(笑) 鰹節、本枯節との相性はいいと思います。他の素材も試せばもっと組み合わせの可能性は広がると思いますので、いりこ・海老・鶏・豚や牛などももっと研究の余地があります。植物系の昆布やシイタケは間違いなく合うと思います。お茶の中のテアニンとか、アルギニンなどのアミノ酸 旨味成分と、他の素材の香味やうまみ成分などのブレンドのバランスを研究すれば、いい香味が出ると思いますので、それを見付けていきたいですね。 ー出汁との組み合わせを考えたときのお茶は、やはり液状の素材との組み合わせが主になりますか? ハーブのような使い方もできると思います。パセリを散らす代わりに、お茶を散らすような味や見た目のアクセントにもなると思います。香りと旨味と苦みもありますから。今は抹茶を使ったお菓子も人気がありますが、まだまだ伸びる可能性のある使い方だと思います。液体だけではなく、その料理に合わせて、いろんな形で使えますから、そこを出汁とバランスを取りながら組み合わせていくかですね。 ーインタビュー中、意欲的で、すごくキラキラしたお顔でお話しされるのが印象的でした。最後にズバリ、御社がこれから「発信していきたいお茶」とは何ですか? お茶は心の癒しであると思います。飲んで落ち着く、そして別の面ではカフェインの作用でリフレッシュできたりもします。日本でのお茶の始まりは、お坊さんが薬として、また眠気覚ましとして飲んでいたというスタートですが、中国の神話では、薬草の神様がいろいろな食材を食べたときに毒消しとしてお茶を食べたり、煎じて飲んでいたりしたという伝説があります。茶道ではお茶を飲むことで心を落ち着かせ、文化を感じることができますので、是非お茶をのどの渇きを潤すものだけではなく、心の渇きを癒すというか潤すというか、うまく説明ができないですけど・・。 ーそういう潤いをもっともっとたくさんの方に感じていただきたいということでしょうか? そうですね(笑) ー今日はありがとうございました。 ありがとうございました。 インタビュー後記: 日頃から慣れ親しんでいると思っていた「お茶」。その背景には、お茶に関わる方々による地道な啓蒙活動があったこと、更にその目は海外にまで向いていることを知り、自分も鹿児島のお茶を広めるためにできることがある、と思うようになりました。 出汁との相性も抜群の「かごしま茶」の未来は、森さんの眼差しのように輝いている。そう確信しています。 インタビュアー&ライター 西田将之